2014年8月11日

18/30冊『私とは何か――「個人」から「分人」へ』平野 啓一郎著 読了

2年前にスタートした読書プロジェクトも全然アップできていない・・・ことに我ながら衝撃を受けております。読んだらすぐまとめないとダメですね。

さて、今日は平野啓一郎氏の『とは何か――「個人」から「分人」へ』を読んだのでその感想を書いてみます。



平野氏はデビュー作『日蝕』を京都大学在学中に執筆し、当時最年少の23歳で芥川賞を受賞し、「茶髪にピアス」という風貌でも注目を集めました。プロフィールの詳細はWikiに譲ることにしましょう。

実は、この本が発売された当時、面白そうだなと思って一度手にしていましたが、どうも途中でしっくりこなくなり、そのまま本棚の肥やしとなっていました。それをもう一度この本を読むことにしたのは、Cakesの連載、プロフェッショナルの本棚に記載された平野氏のインタビューを読んだからです。ちょっと前のTEDの講演でも、この分人の話しをしていたのが印象に残っていました。

平野氏は「分人」という概念をある日思いついた訳ではなく、作品の執筆を通して考え、表現しようとしてきたといいます。この本の前半は「分人」という概念を身近な例示を通して説明し、徐々に平野氏自身の作品ではどのように扱ったのかという視点が加わり、読み物として一気に面白くなってきます。実は最初に読んであんまり面白くない・・・と思ったのは、前半の例示の部分で、「確かにそういうことはよくあるけどね・・・だからといってさ・・・」みたいなしらけた気持ちになってしまったから。導入部分を耐えると後半はぐんと面白くなりますよ。

分人について、先にご紹介したCakesのインタビューで、平野氏は以下のように解説しています。
「分人」とは、対人関係ごとに見せる複数の顔をすべて「本当の自分」ととらえて、たったひとつの「本当の自分」がいるという固定観念から離れよう、という考え方です。人間は分割できない「個人individual」ではなく、分割可能な「分人dividual」だとする思想です。「個人」という僕達がずっと信じてきた概念自体が、近代の産物なんですよ。
人だけでなく、小説、音楽、詩、絵画など、自分と対峙するもの全てに分人を持つことができると考えると、ひとりの人間の中に多数の分人を抱えることになります。そのバランス・構成によってその人が特徴づけられるわけです。これが「私」である、という考え方ですね。10年前の自分と今の自分が違うのは、新しい出会いや別れによって分人が変わっているからだと言えます。
平野氏は、そしてこの分人が他者(人・モノ)との相互作用によって生じるものであるから、例えば「この人と会うとブルーになる・・」というネガティブな感情を抱く自分(分人)の半分は相手のせいだと言います。その逆もまた真なりで、ポジティブな感情を抱くことも相手のおかげだと考えれば素直に感謝する気持ちも生まれてきますよね。このように個別の分人をどのように持つか。ポジティブな分人ばかり持てる人は幸せなのかなと思うし、たった一つのネガティブな分人がとてつもなく大きな割合を占めていれば、それだけで毎日気が重い・・・ということにもなります。

さらに、この対象となる相手も、ひとつの個で構成されているわけではなく、複数の分人から成り立っているわけです。なので、「どうして私の大好きな人は、私が嫌いなあの人と仲良しなんだろう」といった疑問も相手の分人の問題なので、こちらからはどうすることもできません。こちらがフォーカスしなければならないのは、自分と向き合っている相手の分人だけになるのです。

私がこの本を読んで共感したのは、この分人というのは、自分と対象(相手)で50/50で責任を持ち合っているという視点と、相手が持っている自分以外との分人は立ち入ることができない、という点です。人間関係で意見が合わなくなったり、けんかになったりすると自分が至らないからなのかと落ち込んだりしますが、それは二人で感情や思考を共有しているから生じることであって、どちらか一方のせいではないということ。逆に共有できない人とは分人の割合が減ってくるのは自然なことなのかと思うと、複雑で悩ましいと感じる人間関係もすっきりとしてきました。
もう1点は、好きな人、つまり私の中で分人の割合が高い人が困っていたり、他の人との人間関係で悩んでいたりすると、つい口出したくなるのですが、それは余計な立ち入りなんだなと自戒できるようになりました。おせっかいしがちな私にはよい指針となりそうです。

ネットの世界、特にSNSについてももう少し考えてみました。
ネットの世界では、この分人という概念が形成しやすく、また形を変えやすいのではないでしょうか。私は以前よりSNSはもはや生活の一部というか、脳みそがはみ出していると考えているので、SNSだけのつきあいであったとしても、分人の比率が高くなる、つまりその人を大切な人だと認識するのはちっとも不自然ではないと感じています。リアルな世界で世間話をするような感覚で、TwitterでRTしたりふぁぼったりして最初に接触しますよね。その後、リプを飛ばしたり、DMやFacebookのメッセージなどを使って、もう一歩近い関係になります。こうしたSNSでの活動を通して、自分の中で相手への分人の比率を高めていくことも簡単にできるのではないでしょうか。
しかし同時に、SNSではこうして高めた分人の比率が、あっという間にゼロになることがあります。それはアンフォローやブロックといったSNS界独自のしくみによって簡単に「なかったこと」にできるからです。盛り上がるのも早ければ、冷めるのも早い、まるで恋愛のようですが、リアルな人間関係以上にはっきりと目に見える形で、その人のための分人が消滅するのです。本来、分人というのは責任が50/50であるはずなのに、SNSではどちらかが一方的に断ち切ることができます。互いに感情や思考を共有していたと思っていた関係がばっさりと切られる、それは言うならば「お前とは終わりにしたい」と恋人から突然別れを告げられる状態にも近いのかもしれません。恋人との関係は、もしかしたらその予兆があるかもしれませんが、SNSの場合は時として本当に突然やってくるため、リアルの関係以上に戸惑いが大きいのかなと思います。既読スルーとか、ささいなようですが、リアルにはない分断感に苦しめられる人がいるのも理解できる気がします。

リアルな人間関係であってもSNSの世界であっても、分人という考え方を使えば、その構成を変えるということで、必要以上に傷つく必要はなくなります。また、新たに興味をもったことに分人を追加していけば、自分の可能性は無限に広がるのかなと思います。これだけを書くと、私の説明だけではまるで一人の中に複数の人格があり、人間関係がどんどん希薄になっていくような印象を与えるかもしれません。しかし本書の最後に平野氏は、分人が果たすもっと大きな役割を示唆します。それぞれの分人が所属するコミュニティ間(個人間でも同じですが)に分断や不和がある場合、異なるコミュニティを大きな価値観の枠でくくろうとせずに、ひとりひとりの分人が融合することで対立を融和できる可能性を記しています。コミュニティの中で分人の、人々の小さな結びつきによって融和を図れるのではないかと。「大好きな人間の中にも、大嫌いの人間の何かしらが紛れこんでいる。そこに、私たちの新しい歩み寄りの可能性があるのではないだろうか。」と記して本書の結びとなっているのが印象的でした。
本書を読んでみて、分人という考えは、自分の個性を形成するだけでなく、その向こうにはもっと大きな枠の中でも活きる可能性があるように感じました。先にも書いたようにSNSとの親和性も高いと思いますし、これまでの「個人と社会」といった概念の次にあるとらえ方なのかなと。そして本当にこの「分人」という考え方を理解するには、やっぱり平野氏の他の著書も読んでみるしかないようです。本書は分人という概念の解説書であると同時に、小説を読むきっかけとなるガイド本のような位置づけでもあるなと思いました。


2014年8月2日

カッツング薬理学 エッセンシャル がわかりやすい!

薬理学の本はコメディカル用に書かれた入門編を数冊と超ダイジェストにまとまっている「一目で分かる薬理学」を手元に置きつつ、ネット検索でなんとかしてきました。その場でさっと確認するにはこれで十分だったのですが、物足りなくなってきたので「カッツングの薬理学」を買ってみました。




これがヒット!
2012年に発売されてそこそこ新しく、英語版の第9版(2010年)の翻訳です。
最初は英語版も購入して併読してもいいかなと思っていたのですが、日本語版にもキーワードとなる用語には英語が併記されているので見送りました。索引も日英の両方から引けるので、訳語をサクっと見つけたい時も便利かもしれません。

まずPart Iとして基本原理が解説されています。用語の定義も表でなされていたり、ざっと読み飛ばすこともできますし、本文までしっかり読めば、英語で用語も確認でき、理解が深まると思います。
Part II以降は、自律神経系薬、循環器系薬、平滑筋作用薬などの分類で解説が続き、化学療法薬、毒科学と続きます。巻末の付録には頻出する薬物の特性がリスト化されているのも便利。薬理学の基礎的な部分と臨床で実際に使える知識の両方をバランスよく網羅していると思います。

各章の冒頭に、まずその章で扱う薬の大まかな分類がチャート化されていて、特定の薬剤について調べたい場合に、全体の中でどの部分にあたるのか、またその特徴を視覚的に把握できます。
みなさんにもご経験があるかと思いますが、文字だけで「この薬はこういう特徴があって・・・作用は・・・副作用は・・・」と読んでいると、細かい点は分かってきますが、「で、要するにどういうこと?」というのがわからなくなったりしますよね。特に今まで調べたことのないジャンルのお薬で、いきなりネットにあたると「意味がわからない・・・」ということが私は起こりがちなので、まずざっくり全体を押さえてから本文の詳解に入れるこのスタイルはいいなと思いました。

薬理学の試験対策の教科書らしく、各章の末に四択の問題が掲載されています。最初はこの問題は要らないから解説増やして・・・と思ったいたのですが、実際の薬剤使用でポイントになりそうな点から問題が作成されているため、問題の答えを確認すると理解が深まる・・・という作りになっています。
まぁ教科書なので、当たり前といえば当たり前なのかもしれませんが、長いこと学生を離れているせいか、「おぉぉぉ、わかる!わかるよ!」と感動してしまいました。問題に対する回答にも答えだけでなく解説も載っているし、至れり尽くせりです。

ただし600ページぐらいあるので、全部を通読する、というより、今自分に関係のある章をつまみ食いする・・・という使い方が現実的かと思います。
本文もカラーで紙質もよく、図表もあります。いきなり入門編として使うには、難しいかもしれませんが、なんとなく薬理学になじんできてから使うとわかりやすいかなと思います。

お値段が高い・・・というのがネックではありますが、十分元が取れるんじゃないかと思います。私が必要としている程度の薬理学の知識であればこの1冊で十分だと感じています。