2013年7月5日

性暴力被害者への心理療法~コンゴの例~

※新しいURLに変更しましたが、記事は旧URLと同じものです。

少し前のNEJMの記事になりますが、コンゴ民主共和国における性暴力被害者に対する心理療法についての対照研究を取り上げ、性暴力とPTSDについて考えてみたいと思います。

1)NEJMより

性暴力を受けた被害者の多くが、うつ、不安および心的外傷後ストレス症候群(PTSD)を患うことは広く認知されています。
このような心身症状に対し、既に高所得国で効果が認められている認知処理療法が、低所得な紛争国でも同じように有効かを明らかにするため、コンゴ民主共和国において対照研究を実施しました。

NEJMの記事には、なぜこのコンゴ民主共和国(旧名ザイール)が今回の調査に選ばれたかについて明記はありませんでしたが、Wikipediaによると、女性に対する性暴力は紛争の中で日常化し、国連やジャーナリストの告発が続いている状況だそうです。

NEJMの論文でも、40%近い女性が性暴力の被害にあっているとの記載がありました(他のレポートを見ると、もっと多そうな印象すらありますが)。

さて、そんな状況下のコンゴ民主共和国から、安全に訪問できる16の村(後に1つが除外され15村となる)を選び、研究対象としました。

国際救援委員会(IRC)が主催の、ケースマネージメントの他、カウンセリング、家族調停、ストレス管理、
被害者の臨床ケア、HIVや他のSTD予防などに関する5~6日のトレーニングを受けた人を
社会心理学的な支援者としました。

15の村にこの社会心理学的支援者を1名づつ置き、言語などを元に2~4のブロックに分けて、認知処理療法または個別支援のいずれかの群に村を無作為に割り付けました。

被験者は、性暴力を受けたまたは目撃した女性とし、チェックリストを用いてうつやPTSDの評価を行い、日々の生活の困難さから機能障害を評価して、一定上のスコアを収めた顕著な症状が出ている女性を評価基準で適合としました。

個別支援群は、社会心理学的な支援の他に、経済的、医学的また法的な紹介などの支援を要求に合わせて受けました。
認知処理治療群は、性暴力被害者におけるうつ、不安及びPTSDの既存の治療プロトコルに基づいて治療し、
個人面談(1時間)、6~8名で構成される女性グループの11セッション(各2時間)を行い、セラピー以外でも必要と感じるときに社会心理学的な支援者と接触することができるようにしました(被験者が実際に受けたセッション数の平均は5回)。

2010年4月から7月まで介入し、治療終了後の1カ月時および6カ月時にフォローアップを行い、データを収集し、解析。

被験者のドロップアウト率が高いのが気になったのですが、その理由が間違った女性をインタビューしちゃった、とか、死亡してしまったとか、現地がいかに混乱しているのか垣間見た気がしますね。

しかし、混乱はあったものの、試験に参加した被験者は、いずれの群でも治療終了時、6カ月のフォローアップ時双方とも良好な結果を示しました。

以前の研究では、短期間の治療は現在もトラウマが進行している患者には有効でないとされていましたが、本研究では、介入期間中、複数の襲撃、闘争からの逃避、武装集団による強盗被害が全ての村で確認される、といった混乱した状況が続く中でも、EBMによる治療に効果があったことを示しています。

症状の程度のベースラインが群間で不統一だったり、症状の測定方法の妥当性が未知のものであったなどの研究上の限界はありますが、低所得の紛争国でこの医療介入に効果があったことが本研究で明らかになり、適切な訓練と監視があれば、認知処理治療などの精神治療が精神衛生のプロがほとんどいない現場でも有効である可能性を認めたと言えますね。

この研究がさらに進み、一人でも多くの被害者が適切な治療を受けられるようにと願うばかりです。 


2)高所得国での研究、PTSDのメカニズム

コンゴの研究論文には、すでに高所得国ではこうした治療の有効性は示されているとありましたが、どのような取り組みが行われているのか、もう少し具体的にみてみましょう。





カナダで行われた研究で、性暴力後のトラウマの病理学を生物学的、心理学的そして社会学的な範囲で理解することが、被害者の有効な治療の発展に寄与するのではないかという報告書です。
特に目新しい治療法が紹介されているわけではありませんが、性暴力とPTSDの関係がまとまっているので、内容をざくっとご紹介したいと思います。

★PTSDとは
PTSDとは、心が痛手を負うような出来事に遭遇した結果、その出来事を追体験してしまうという激しい心理的苦痛に晒されることを言います。
アメリカの2005年の調査では、北米のPTSDの生涯有病率は7.8%、性暴力の被害女性のPTSD生涯有病率は50%であり、被害女性の94%は、被害後2週間でPTSDを経験します。

★PTSDの生物学的メカニズム
PTSDを生物学的に紐解くと、神経系、内分泌系及び免疫系といった全身の主要システムの調節不全がPTSD患者に認められます。
これは、ネガティブフィードバックの阻害を介してこの3系統の調節をHPA軸が担っているためです。
HPA軸は、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌に関与しています。
このコルチゾールは副腎皮質刺激ホルモン(CRH)により放出されるのですが、性暴力のような強い心理トラウマを抱えると、人間の身体はストレスに対応するため、CRHレベルを上昇させてしまい、その結果、HPA軸が調節できなくなり、先の3系統の調節不全に結びつくわけです。

CRH受容体が減少し、HPA軸が過剰反応し、コルチゾールによりネガティブフィードバックの調節不全を引き起こします。その結果、他の神経系にも影響を及ぼし、不適切な恐怖反応や持続する中程度のうつ状態など、PTSDに特徴的な症状が発現するようになるのです。

★心身症状と治療の現状
このようなメカニズムで生じる心身症状を3つのフェーズに分けてレイプ外傷症候群(RTS、レイプだけでなく広く性暴力を含む)と呼んでいます。
まず被害後にすぐに生じる反応を急性期。泣く、叫ぶといった幅広い感情表現が出現します。
これに続き表面的適応期では、性暴力そのものよりも、自己を否定するような感情が生まれます。
最後に、長期再編成期を迎え、ここで適切なサポートを得られないと恥や罪悪感などマイナス感情をより強く、より悪いようにとらえるようになります。

このような心身状態の中で、認知療法、グループセラピー、精神力動的精神療法など、様々な心理療法を用いた治療が行われていること、また、性暴力を個人の問題とはとらえず、家族や友人といった周囲の人間の問題ととらえるべきだとしています。
さらに性暴力からの回復は、社会の問題としてとらえる必要性をこの論文では訴えています。


3)日本の動き
日本でも平成24年度の犯罪白書によれば年間1800件(被害発生率1.8%)の性暴力が発生しているそうです。

しかし、コンゴで行われた対照研究のような性暴力被害者の治療に関する研究はあまり行われていないのか、文献らしき文献は見当たらず。探し方が悪いということもあると思いますが、盛んではない、という結論でよいかと思います。

医学的、EBMとしての研究は見当たらなかったですが、被害者を救済する組織はいくつかありました。



日本で独自の治療法研究はあまりされていないようですが、海外での動きをキャッチしているページもありましたのでリンクだけご紹介。
 
日本での研究事例がご紹介できずに残念ではありますが、コンゴの例を見る限り、たとえ短期間の介入であっても認知処理療法の効果が確認できたのは今後日本においても活用できる研究結果なのではないかと思います。

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